
The episode discusses the understanding of '信相の一念' and its implications for determining one's faith in Amida Buddha.
今回は、以下の質問に回答しました。 ーー 第50回目を聞かせていただき、「信の一念」には意味が2種類あり、①時剋の一念は自覚はできないけれども、②信相の一念は、阿弥陀仏の救済を疑心なく信じた人には、信相の一念の自覚があることが分かりました。 そうすると、この「信相の一念」の自覚があるかないかで、「信心獲得」したのか?まだ「信心獲得」していないのか?を自分自身で信疑決判できるという理解で間違いないでしょうか? また、入信には、二つのパターンがあり、どちらかのパターンでなければならない、ということはないことが分かりました。 そこで、極端な話、阿弥陀仏の本願を聞いていない時(例えば、お風呂に入っている時や寝ている時など)に、入信することもあり得るのでしょうか? さらに、私の側では、いつどこでどんな状況で、入信するかは分からなくても、阿弥陀さまの側では、私がいつどこでどんな状況で入信するかは、全てご存知なのでしょうか? ーー 話の中で出たご文 「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。「信心歓喜乃至一念」といふは、「信心」は、如来の御ちかひをききて疑ふこころのなきなり。(一念多念文意・浄土真宗聖典註釈版P678) 質問・感想はブログ、メール、質問箱、メールにてお願いします。 安心問答ー浄土真宗の信心について yamamoyama@gmail.com X(@anjinmondou)https://x.com/anjinmondou Peing(質問箱)https://peing.net/ja/anjinmondou
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