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ep52-5『未完の西郷隆盛』(先崎彰容さん)/ヤポネシア論と独自の視点を持つこと
May 18, 2026
Unknown duration
ep52-4『未完の西郷隆盛』(先崎彰容さん)/なぜ日本人は彼を論じ続けるのか?
May 11, 2026
Unknown duration
ep52-3 『本当のことを書く練習』(土門蘭さん)/「情報化」と「野外教育」の接点
May 4, 2026
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ep52-2 『本当のことを書く練習』(土門蘭さん)/20年前には出なかった本じゃないだろうか?
Apr 26, 2026
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ep52-1 「本当のことを書く練習」「未完の西郷隆盛 日本人はなぜ論じ続けるのか」/「ラン活」と「書くこと」と「近代視点」
Apr 19, 2026
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| 5/18/26 | ![]() ep52-5『未完の西郷隆盛』(先崎彰容さん)/ヤポネシア論と独自の視点を持つこと | こんにちは、ホシノです。前回に引き続き、先崎彰容さんの著書『未完の西郷隆盛 日本人はなぜ論じ続けるのか』(新潮選書)をテーマにお届けします。今回は、西郷隆盛が島流しにされた奄美大島のエピソードを中心に、島尾敏雄の「ヤポネシア論」についてアワノさんが紹介してくれました。ヤポネシア論とは、日本を大陸の東端としてではなく、北海道から沖縄、さらには南の島々へと海でつながる文化圏として捉え直す視点のことです。そこには「日本の近代化って本当にこれでよかったんだっけ?」「日本人ってなんだっけ?」という本質的な問い直しが含まれているそうです。前回も少し触れましたが、実はホシノも、奄美大島に住んでいた経験があります。今回の収録では、本には書かれていない現地のリアルな空気感や、教科書的な英雄としての西郷隆盛とは少し違う、島の人々に伝わるエピソードなども交えてお話しさせてもらいました。学校で教わるような大きな物語を鵜呑みにせず、違う視点を持って自分なりの見方を作っていくこと。そんな歴史を相対化する面白さを感じていただける内容になっています。ぜひお聴きください! | — | ||||||
| 5/11/26 | ![]() ep52-4『未完の西郷隆盛』(先崎彰容さん)/なぜ日本人は彼を論じ続けるのか? | こんにちは、ホシノです。今回からはアワノさんの選書ターン。先崎彰容さんの著書『未完の西郷隆盛 日本人はなぜ論じ続けるのか』(新潮選書)をテーマにお届けします 。 大河ドラマで2回も主役になるほど、日本人に圧倒的な人気を誇る西郷隆盛 。今回の配信では、「なぜ私たちは150年も前の人物を、今もなお何回も引っ張り出したくなるのか?」という、この本が提示する本質的な問いについてアワノさんが紹介してくれました 。 アワノさんの解説によれば、そこには明治維新と第二次世界大戦(敗戦)という、日本が外国の圧力に負け、大きく変化した歴史が関係しているそうです 。西洋化や近代化(大久保利通的なもの)と引き換えに失ってしまった、日本人らしい死生観や「敬天愛人」に代表される思いやりの心 。それらを一身に体現している象徴として、私たちは西郷隆盛という存在にロマンを求めているのかもしれません 。 番組内では、氷河期世代として自身の生き方に迷いながら近代日本の思想を問い直す著者・先崎さんご自身の魅力にも触れています 。福沢諭吉から司馬遼太郎、三島由紀夫、吉本隆明に至るまで、錚々たる知識人たちがこぞって西郷隆盛を論じてきた背景は非常に興味深い内容でした 。 実は私自身も、西郷隆盛は好きな歴史上の人物だったのですが、以前「奄美大島」を訪れた際に、彼に対する少し違った見方が生まれる出来事がありました 。 次回の後編では、その奄美大島でのエピソードや、彼の島妻であった「とぅま(愛加那)」さんの話題も交えながら、さらに深掘りしていく予定です 。そちらも合わせてお楽しみに!まずは前編、ぜひお聴きください。 | — | ||||||
| 5/4/26 | ![]() ep52-3 『本当のことを書く練習』(土門蘭さん)/「情報化」と「野外教育」の接点 | こんにちは、ホシノです。引き続き、土門蘭さんの著書『本当のことを書く練習』(ダイヤモンド社)をテーマにお届けします。今回は、この本を読んでホシノが個人的に「残しておきたい」と感じたポイントをアワノさんと語り合いました。一つ目は、養老孟司さんの言葉として紹介されていた「情報化」について。自分が五感を通して感じた事象を、他の人にも伝わる「言葉」にしていくプロセスを「情報化」と呼ぶそうです。しかし現代は、すでに誰かが情報化したものをインプットし、アウトプットするだけの「情報処理」に偏りがちではないでしょうか。このお話を読んで、アワノさんが取り組まれている「野外教育」との意外な共通点に気づきました。座学(=情報処理)では得られない、自然の中で「自ら感じ、体験する」ことこそが、自分にとっての「本当のこと(=情報化の第一歩)」に迫る大切なアプローチなのだと実感しました。二つ目は、「生きること」と「考えること」のバランスについて。書くこと(=考えること)に行き詰まった土門さんが、散歩に出て外の世界(=生きること)に触れたことで、再び書くべきことに出会えたというエピソード。自分の中に潜るだけでなく、他者や外の世界と交差することで「本当のこと」が書けるようになるというバランス感覚は、土門さんが小説だけでなくインタビューの仕事も大切にされている理由に繋がっているようです。そして最後に、「書くことは一つのレジスタンスである」というお話。世間の常識や大きな圧力に飲み込まれそうになったとき、「自分はどう感じているのか」を言葉にして書き留めることで、それに抵抗する強さが生まれます。自分軸をしっかり持っている強い人たちは、きっと日頃から「本当のこと」に迫るために、書き、考えている人たちなのだと思います。アワノさんの次回の選書『未完の西郷隆盛』にも通じそうなこの「強さ」のお話。ぜひお聴きください! | — | ||||||
| 4/26/26 | ![]() ep52-2 『本当のことを書く練習』(土門蘭さん)/20年前には出なかった本じゃないだろうか? | こんにちは、ホシノです。今回は、2026年3月に刊行された土門蘭さんの著書『本当のことを書く練習』(ダイヤモンド社)をテーマにお届けします。SNSでの発信も身近になり、AIを使えば誰でも「通りの良い綺麗な文章」が簡単に作れてしまう今の時代。だからこそ、「自分にとっての本当のこと」を正確な言葉にすることの難しさと、その価値がますます際立ってきているように感じます。他人が求めるペルソナについつい合わせてしまい、自分の感情を素直に出せなくなるジレンマは、皆さんも一度は感じたことがあるのではないでしょうか。ちなみにホシノはその傾向がとても高い、という自己認識です。今回の配信では、この本を手がかりに、「本当のことを書く」ための具体的なアプローチについて本の内容をご紹介しています。普段から本当のことを書き慣れていないと、自分の感情にアクセスする言葉の「水路」が詰まってしまうというお話。その水路を掃除するためのインフラとしての「日記」の活用法や、「書くことがない」なら「なぜ書くことがないのか?」と自問自答を繰り返すプロセスは非常に実践的だと感じました。また、つい口出しをしてくる「読む自分(内なる編集者)」に一旦退場してもらい、「書く自分」をのびのびと解放する方法など、気づきが多くありました。万人に向けた一般的な言葉よりも、自分自身を研ぎ澄ませた「N=1の本当のこと」の方が、結果として他者に深く届き、繋がりを生む。これは広告づくりや、向田邦子さんのエッセイが持つ魅力にも通じる本質的な部分ですよね。「書くこと」に向き合いたい方はもちろん、自分自身の本心と向き合いたい方にもぜひ聴いていただきたい回です。ぜひお聴きください!次回の後編では、ホシノがこの本から得た個人的な気づきについて、さらに深くお話ししていく予定です。そちらも合わせてお楽しみに。 | — | ||||||
| 4/19/26 | ![]() ep52-1 「本当のことを書く練習」「未完の西郷隆盛 日本人はなぜ論じ続けるのか」/「ラン活」と「書くこと」と「近代視点」 | どうも、ホシノです。4月に入り、満開だった桜も散り始め、葉桜へと変わりつつありますね。我が家では来年小学校に上がる息子のランドセル選び、いわゆる「ラン活」が始まり、春ならではのバタバタとした日々を過ごしています。今回は新しい本のタームの幕開けとして、今後読んでいくお互いの選書を紹介し合うオープニング回をお届けします。今回、ホシノが選んだ本は、土門蘭さんの『本当のことを書く練習』です。最近SNSで編集者さんや本屋さんをフォローしているのですが、皆さんの発信が本当に上手で、見事にその餌食となって新しい本に興味を惹かれ、購入してしまいました(笑)。一方、アワノさんの選書は、先崎彰容さんの『未完の西郷隆盛 日本人はなぜ論じ続けるのか』です。なぜ日本人は、明治以降の日本のあり方をいまだ捉えきれず、西郷隆盛という人物にそれぞれの夢やロマンを乗せて語り続けてしまうのか。一人の人物を通して日本の近代化を問い直す内容になっています。「自身の内面の言葉」に向き合うようなホシノの選書と、「日本の歴史とあり方」を問うマクロな視点のアワノさんの選書。対照的な2冊からどんな読書談義が広がっていくのか、今後の展開にご注目ください。 | — | ||||||
| 4/13/26 | ![]() ep51-5 「普通の人が小説家として生活していくには」(津村記久子 著) 日々の思考は「はぐれメタル」?言葉を捕まえる習慣 | 【今回のご紹介本】『普通の人が小説家として生活していくには』(津村記久子 さん / 聞き手:島田淳一郎さん)どうも、です。後半では、対話の面白さから一歩踏み込み、お二人が根底で大切にしているであろう「個人的な体験を言葉にして届けることの価値」について熱く語り合いました 。個人的な体験こそが人の心を揺さぶる:私自身も「22歳」をテーマにした本(ZINE)を作っていますが、個人の体験やその時の生々しい解釈こそが、読み手にとって一番面白く、もっと読みたいと思わせる部分だと感じています 。カッコつけてそれっぽい言葉でまとめてしまう(怠けてしまう)のではなく、納得いくまで自分の言葉を追求する姿勢にこそ、価値が宿るんですよね 。アワノさんが挙げてくれた1998年長野オリンピックのスキージャンプのエピソード(代表落ちした葛西選手が、仲間のジャンプに対し底知れぬ執着から思わず「落ちろ!」と叫んだという赤裸々な思い)も、まさに人の心を打つ「生の感情」の凄みでした 。思考は「はぐれメタル」。逃げられる前に捕まえろ!:日々感じる大切な思いも、気を抜くと「はぐれメタル」のように一瞬でどこかへ逃げてしまいます 。津村さんは、それを逃さないために「とにかくメモをとる」「会社員のように毎日リズム化して書く」ことを実践されているそうです 。普段、企業の魅力を分解・再構成してわかりやすく伝えるコピーライターとしての私の仕事とはまた違う、自然な人の魅力の伝え方がこの本には詰まっています 。就職氷河期世代と「AKB48」の意外な関係?:対話の中で、聞き手の島田さんがふと「就職氷河期世代の、社会へのどうにもならなさ(愚痴)」をこぼす場面があります 。それに対し津村さんは、完成されたパフォーマンスを見せる「Perfume」と対比させ、「AKB48」が売っていたのは「女の子たちの人生をコントロールできる感覚」だったのではないかと指摘します 。自分の人生をコントロールできず苦しんでいた氷河期世代にとって、その「コントロール不全」を埋める代替品がアイドルというサービスだったのではないか?という鋭い解釈です 。同時に、「でもあなたは安易な方に逃げずに、一人で出版社を立ち上げて自分の人生に向き合ったじゃない」と、被害者ポジションに寄りかけた島田さんの視点を鮮やかに切り替えるやり取りは必見です 。いわゆるノウハウ本ではありませんが、言葉を紡ぐこと、そして自分の人生に向き合うことのヒントが散りばめられた一冊です 。夏葉社さんのこだわりの装丁も含め、ぜひ実際に手に取って味わってみてください ! | — | ||||||
| 4/6/26 | ![]() ep51-4 「普通の人が小説家として生活していくには」(津村記久子 著) /ノウハウ本ではない「人」 | 【今回のご紹介本】『普通の人が小説家として生活していくには』(津村記久子 さん / 聞き手:島田淳一郎 さん) ※夏葉社より2025年12月25日出版 どうも、ホシノです。今回は、Twitterのレビューをきっかけに手に取った一冊をご紹介します 。単なる「小説の書き方」の本ではなく、人としての描写や伝え方が魅力的な本です 。装丁へのこだわり:本書は少しツルツルとした手触りのハードカバーで、文庫本より一回り大きいサイズ感です 。このサイズと硬さが絶妙で、手が小さめの人でも片手で開きやすく、非常に持ちやすい作りになっています 。スリップ付きで、帯に著名人の推薦コメントが一切ない点も、潔くて魅力的です 。無駄を省いた「いきなり始まる」構成:「はじめに」といった前置きや登場人物の説明がなく、「Day1」から「Day4」までの4日間のインタビューがいきなりスタートします 。読者を信頼し、無駄を削ぎ落としたスムーズな導入になっています 。ホシノ的注目ポイント「対話と傾聴のバランス」:本書の聞き手である島田さんは、いきなり「小説との繋がり」を聞くのではなく、津村さんの生まれ育ちから話を掘り下げていきます 。単なるインタビューではなく、聞き手である島田さん自身の経験や情報も交えながら会話が進むのが特徴です 。コーチングの傾聴テクニックとは少し異なるアプローチですが、二人が共有する「海外のパンクやオルタナロック」への愛などもあり、一対一の人間としての非常に自然で心地よい対話が展開されています 。小説家としての津村さんだけでなく、「人としての津村さん」の魅力や、お二人の空気感がそのまま文章化されたような一冊です 。普段から「聞き方」を意識している私にとって、この本の中で繰り広げられる自然な会話のキャッチボールは非常に刺激的でした ! | — | ||||||
| 3/30/26 | ![]() ep51-3 「教祖の履歴書もしも世界的教祖を起業家に例えたら」(尾登 雄平さん)ブッダは超優秀な経営コンサルタントだった!? | 【今回のご紹介本】「教祖の履歴書もしも世界的教祖を起業家に例えたら」(尾登 雄平さん) どうもホシノです。第51シリーズ3週目は、前回のイエス・キリスト編に続き、「ブッダ」のビジネス遍歴(?)を深掘りします 。本書の面白いところは、仏教を「超優秀な経営コンサルティング」、ブッダを「凄腕コンサルタント」に例えている点です 。当時の社会課題に立ち向かうブッダの姿は、まるで現代のビジネスパーソンそのもの !社会起業家としての覚悟: 29歳で妻子を置いて出家し、貧困などの社会課題解決を目指す起業家に 。最強のフレームワーク開発: 「四諦」や「八正道」は、人々の苦痛を減らすための論理的な課題解決フレームワークだった 。王様へのトップ営業: 各国の王様にフレームワークをプレゼンして大ヒット !資金や施設を獲得し、一大コンサルファーム(仏教集団)へ成長 。仏教は単なる精神論ではなく、当時の国を安定させ生き抜くための「超・現実的な経営ツール」だったという視点にハッとさせられます 。ちなみに、中国から密教を持ち帰った空海は「最新ツールを学んだ海外エリート」と言えそうです 。後半の雑談では、ブッダにミルク粥を恵んだ女性「スジャータ」から連想した有名企業の社名由来ネタや 、アワノさんが独立後に予定しているシンプルな社名(「野外」など?)の構想についても盛り上がりました 。次回からはホシノのターン。津村記久子さんの『普通の人が小説家として生活していくには』の読書感想文をお届けします 。お楽しみに! | — | ||||||
| 3/23/26 | ![]() ep51-2 「教祖の履歴書もしも世界的教祖を起業家に例えたら」(尾登 雄平さん)イエス・キリストは地方支社の若手改革派社員だった? | どうも、ホシノです。前回に引き続き、アワノさんとの選書紹介の模様をお届けします。【今回のご紹介本】「教祖の履歴書もしも世界的教祖を起業家に例えたら」(尾登 雄平さん)今回はアワノさんが選んだ『教祖の履歴書』についての深掘りです 。ですが、本題に入る前に「会社員という働き方のメリット」についての雑談で大いに盛り上がりました 。会社員でいると、会社の看板によって社会的信用が大きく底上げされる強みがありますよね 。また、気乗りのしない仕事でもやらざるを得ない環境が、結果的に経験やスキルの幅を広げてくれるという側面もあります 。私自身、会社組織内で発生する人間関係のいざこざを解きほぐすお節介に「生きる手応え」を感じていたタイプでした 。フリーランスになるとそういった複雑な人間模様から得られる「栄養素」が不足しがちになるため、無意識のうちに『バチェラー』のような番組を見て人間関係のドロドロから栄養を摂取しようとしてしまう……。さて、本題の『教祖の履歴書』では、歴史上の偉人を現代のビジネスマンや企業組織に置き換えて、非常に分かりやすく(そして少しライトなトーンで)解説しています 。今回アワノさんが紹介してくれたのは、大御所中の大御所「イエス・キリスト」です 。本の中では、当時の状況を現代のビジネス構造にこう例えています 。ローマ帝国:Googleのような巨大プラットフォーム企業 。ユダヤ教:巨大プラットフォームに支配されてしまった老舗大企業 。イエス・キリスト:その老舗大企業の地方支社にいる、平社員の若手インフルエンサー。沈みゆく老舗企業の中で、若手社員のイエスは「女性の活躍」や「給料アップ」などの社内改革を訴え、社内で支持を集めていきます 。しかし、それが既存の経営陣の反感を買い、全社員総会で経営陣に喧嘩を売った結果、解雇の危機に直面してしまいます 。仲間(弟子たち)は保身から一度は逃げ出してしまいますが、イエスは仲間をかばい「自分だけがクビになればいい」と自ら犠牲になりました 。その姿勢に感銘を受けた弟子たちが戻ってきて、彼の教えを本(聖書)にまとめて広めました 。結果的に、クビになった若手社員の教えが巨大プラットフォームをも飲み込む世界的な教えになった……という、まるで胸熱な企業ドラマのような展開です 。これを聞いて、ビジネス界というよりも、旧世代の強固な構造に立ち向かう「若き政治リーダー」の姿に重なりました 。もしイエスがクビ(処刑)にならずに平穏に生き残っていたら、ここまで神格化されなかったのかもしれませんね 。次回は、宗教界の大巨頭の一人「ブッダ」のビジネス遍歴(?)を伺っていきます !お楽しみに。 | — | ||||||
| 3/15/26 | ![]() ep51-1 「普通の人が小説家として生活していくには」「もしも世界的教祖を起業家に例えたら」/ | どうも、ホシノです。立春も過ぎ、すっかり春らしい季節になってきましたね。今回は新しいタームの幕開けとして、今後読んでいくお互いの選書を紹介し合うオープニング回をお届けします。今回、ホシノが選んだ本は、津村記久子さん(聞き手:夏葉社・島田潤一郎さん)の『普通の人が小説家として生活していくには』です。タイトルだけ見るとハウツー本のように思えますが、津村さんの「人」に深く迫る内容になっています。青山ブックセンターで購入したのですが、夏葉社さんならではの質の高い美しい装丁や、人に重点を置いた構成も魅力の一冊です。一方、アワノさんの選書は『もしも世界的教祖を起業家に例えたら』(東洋経済新報社)。一見ライトでYouTube動画のようなタイトルですが、「イエス・キリストがやっていたことも、時代を現代に置き換えれば孫正義さんのようなビジネス展開だったのでは?」と、歴史上の偉人を起業家メタファーで捉え直す、思いのほか(?)視点の変わる本のようです。またアワノさんから「野外教育の分野で法人を作り、大学と共同研究をしてエビデンスを持った教育研修会社を作る」という新たな挑戦についても語られました。「業界を変えたい」と少し口悪く(笑)息巻くアワノさんの決意表明にもご注目を。 | — | ||||||
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| 3/9/26 | ![]() ep50-5 『生きるための表現手引き』(渡邉康太郎さん)/成長物語の呪縛を超えて/夫婦の会話は「小鳥のさえずり」でいい | <今回の選書>・『生きるための表現手引き』(渡邉康太郎さん)こんにちは、ホシノです。記念すべき第50回シリーズの最終話(ep50-5)です。前回に引き続き、『生きるための表現手引き』から、アワノさんが「断腸の思い」で選び抜いた2つのトピックについて語ります。一つ目は「成長の物語を超えて」。私たちは「成長=善」と信じ込んでいますが、フーコーなどの哲学者は「成長は人を管理するもの」と説きます。がんサバイバーに求められがちな「感動的な克服ストーリー(ドミナント・ストーリー)」への違和感や、新人の拙い飛び込み営業がなぜ人の心を動かすのか?という話から、上手くなることだけが正解ではない表現のあり方を考えます。二つ目は「音の交換としての会話」。著者の渡邉康太郎さんと妻・朝吹真理子さん(芥川賞作家)のエピソードです。何度も同じ話をする妻に対し、オチを知っている夫は話を遮ろうとします。そこで妻が返した「小鳥がさえずるように音を交換しているのだから、同じ話でいいの」という言葉。意味や情報の伝達ではなく、ただそこにいることを確認し合うための「音」としての会話。ホシノ家での子供への読み聞かせや、同窓会での繰り返し話にも通じる、温かいコミュニケーションの本質に迫ります。「生きる」ために表現し、音を交換し合う。50回目の節目にふさわしい内容になったな、なんてホシノは思うのでした。 | — | ||||||
| 3/2/26 | ![]() ep50-4『生きるための表現手引き』(渡邉康太郎さん)「生きる」と「生き延びる」の違いとは?/創作は「模倣の失敗」である | <今回の選書>・『生きるための表現手引き』(渡邉康太郎さん)こんにちは、ホシノです。『生きるための表現手引き』を読み解く前編。アワノさんが「電車の中で何度も涙した」という本書の核心的テーマ、「生きる(To Live)」と「生き延びる(To Survive)」の違いについて語ります。お金や肩書きといった「交換可能な価値」を求めるのが「生き延びる」こと。一方、その人にしか分からない固有の体験や思いといった「交換不可能な価値」を大切にすることが「生きる」こと。現代社会でどうしても「生き延びる」ことに偏りがちな私たちへの、優しいカウンターパンチとなる一冊です。後半は「作ること」へのハードルを下げる話題へ。・北海道旅行と同じように、創作も「体験」として価値がある・「あらゆる創作は模倣の失敗である」という救いの言葉アワノさんにとっての「6等星(見過ごしがちな微かな光)」とは何だったのか?息子さんとの日常会話に見出した、かけがえのない輝きについても触れます。 | — | ||||||
| 2/22/26 | ![]() ep50-3 『性的であるとはどのようなことか』(難波優輝さん)/エッチさは世界を救う?「崇高」と「崩れ」の美学、そしてヴァンパイアの選択 | 本文:<今回の選書>・『性的であるとはどのようなことか』(難波優輝さん)こんにちは、ホシノです。「性的であるとはどのようなことか」を読み解く後編です。前回は「性的(事実)」と「エッチ(価値)」の区別について話しましたが、今回はその「エッチさ(Erotic)」の深淵へ。著者が提示するエッチさには、2つの種類があるといいます。一つは、完全なものへの憧れと一体化願望である「崇高のエッチさ」。もう一つは、不完全なものや傷ついたものへのケアの欲求から生まれる「崩れのエッチさ」。ホシノは後者を『エヴァンゲリオン』やSMの構造、あるいは「おじさんが好きな女子」の心理などを例に挙げて独自解釈を試みます。そして議論は、「エッチな人とは、相手に変容(メタモルフォーゼ)を迫る人である」という結論へ。ここで登場するのが「ヴァンパイア」の思考実験です。もし信頼する人から「ヴァンパイアにならないか(全く違う価値観の存在にならないか)」と誘われたら?その選択を迫ることこそが、他者への影響力であり、エッチさの本質なのかもしれません。「分かり合えない他者と共にいるために、諦めをエッチがる」。一見トンデモ論に見えて、実は深い救済の哲学?なのかもしれません。 | — | ||||||
| 2/15/26 | ![]() ep50-2 『性的であるとはどのようなことか』(難波優輝さん)/「性的」と「エッチ」の境界線、公共空間の“飯テロ”とペルソナの崩壊 | 本文:<今回の選書>・『性的であるとはどのようなことか』(難波優輝)こんにちは、ホシノです。今回から、難波優輝さんの著書『性的であるとはどのようなことか』をテーマにお話ししていきます。導入は、昨今のSNSで度々議論になる「広告やパフォーマンスの炎上」について。公共の場にあるキャラクターや、紅白歌合戦でのちゃんみなのパフォーマンスは、なぜ「性的だ」として批判され、一方で「表現の自由(あるいはエッチさ/エロティック)」として擁護されるのか。そのすれ違いの構造を、本書の定義を借りて整理します。著者はまず「性的なもの」を「性行為・性器・興奮」に関わるものと定義します。しかし、それとは別に美的判断としての「エッチさ(Erotic)」が存在すると指摘。議論が噛み合わないのは、この「事実としての性的」と「価値としてのエッチ」をごちゃ混ぜにしているからかもしれません。さらに話題は「なぜ公共空間の性的表現は不快なのか?」という核心へ。ここで登場するのが「1階の欲求(食べたい)」と「2階の欲求(食べたいと思いたい)」という哲学的な概念です。深夜の「飯テロ」と同様、自分が望んでいないタイミングで本能的なスイッチを押されることへの不快感、そして「良き父/母」などのペルソナが崩されることへの困惑について分析します。理屈で整理されると、モヤモヤしていた感情の正体が見えてくる気もしてきました…!次回は、谷川俊太郎の衝撃的なタイトルの詩を入り口に、さらに「エッチさ」の深淵へと潜ります。 | — | ||||||
| 2/8/26 | ![]() ep50-1「性的であるとはどのようなことか」「生きるための表現手引き」/ちゃんみな、紅白、そして6等星の光 | <今回の選書>・『性的であるとはどのようなことか』(難波優輝)・『生きるための表現手引き』(渡邉康太郎)こんにちは、ホシノです。あけましておめでとうございます。(遅いか…!)記念すべき第50回は、お正月の「紅白歌合戦」の話題からスタートです。あるアーティスト(ちゃんみな)のパフォーマンスを巡ってSNSで巻き起こった議論にアンテナが立ったホシノと、そもそもそのアーティストを知らなかったアワノさん。妻の影響でオーディション番組(No No Girls)を横目で見ていたホシノが今回選んだのは、難波優輝さんの『性的であるとはどのようなことか』。昨年末に刊行されたばかりの美学・ポピュラーカルチャーの哲学書です。紅白の余韻の中で「性的」という言葉が持つ意味や、世間の反応に興味を持ち、タイトルに惹かれて手に取りました。「エッチ」と「性的」はどう違うのか? いろいろと惹句が詰め込まれた本です。一方アワノさんは、番組50回の節目ということで原点回帰。第1回でも取り上げた渡邉康太郎さんの新刊『生きるための表現手引き』をセレクト。都会の明るい光(1等星)にかき消されてしまう、自分だけの「6等星」のような微かな表現を見つけようというメッセージ。ただ「生き延びる(Survive)」のではなく、「生きる(Live)」とはどういうことか、静かに問い直します。刺激的な現代の問いと、内省的な生の哲学。次回からはまずホシノの『性的であるとはどのようなことか』から掘り下げていきます。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
| 2/2/26 | ![]() ep49-5「生きる言葉」(俵万智さん)/「いいね」の元祖と、しゃべる洗濯機 | <今回の選書>・『生きる言葉』(俵万智)こんにちは、ホシノです。今回は俵万智さん『生きる言葉』の最終回。発行部数12万部という数字に圧倒されつつ(文フリでの自分たちの売上の4000倍!)、本書の核心である「SNS時代の言葉」について語り合いました 。印象的だったのは、「サラダ記念日」のあの有名な短歌が、現代の「いいね」の元祖であるという視点 。「この味がいいね」と君が言ったから……承認欲求に追われがちなSNS時代ですが、たった一人からの「いいね」で記念日が生まれるほどの幸せを感じられる、そんな原点に立ち返らせてくれます 。また、「洗濯が終わりました」と「洗濯物が取り出せます」という家電の言葉の微妙なニュアンスの違いから、相手への配慮を読み解くエピソードも紹介 。言葉のプロである俵さんが、リスクを恐れずにSNSを楽しみ、新しい言葉や変化を面白がる姿勢に、ホシノも背中を押されました 。最後には、ホシノの「SNS再始動宣言」と、即興で詠んだ一句も飛び出します 。どうぞ最後までお楽しみください。 | — | ||||||
| 1/26/26 | ![]() ep49-4「生きる言葉」(俵万智さん)/「この味がいいね」と君が言ったから、七月六日は…じゃないかもしれない? | <今回の選書>・『生きる言葉』(俵万智)こんにちは、ホシノです。今回からはホシノの選書、歌人・俵万智さんの『生きる言葉』についてお話しします。新潮社のPR誌『波』での特集や、文フリ仲間との会話をきっかけに手に取った一冊。SNS時代における言葉の重みの変化や、書き言葉と話し言葉のねじれなど、現代の「言葉」を取り巻く環境を俵さんの視点で綴ったエッセイ集です 。今回話題に上がったのは、「言葉は世界の『目印』に過ぎない」という考え方 。谷川俊太郎さんの「言葉と世界は一対一で対応していない」という指摘を紹介しながら、言葉の限界を知った上で、それでも「目印」として言葉を尽くす姿勢について語り合いました 。また、名作「サラダ記念日」の日付が実はフィクションで、音の響き(リズム)を優先して決められていたという衝撃(?)の事実も 。ラップにも通じる韻やリズムへのこだわりに、プロの凄みを感じます 。短歌とエッセイがセットで味わえる、入門書としてもおすすめの一冊。次回は、俵さんがSNSで見せた「遊び心」について触れていきます。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
| 1/19/26 | ![]() ep49-3「お金2.0 新しい経済のルールと生き方」(佐藤航陽さん)/うまく回る組織の「5つの要素」と、ヒエラルキーの正体 | <今回の選書>・『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』(佐藤航陽)こんにちは、ホシノです。前回に続き、アワノさんの選書『お金2.0』を掘り下げます。今回は「お金」そのものから視点を広げ、「持続的にうまく回る組織・経済システム」の共通点について話しました。著者の佐藤さんが挙げるその条件は5つ。「インセンティブ」「リアルタイム」「不確実性」「ヒエラルキー」「コミュニケーション」。特に議論が弾んだのは、4つ目の「ヒエラルキー」です。近年はフラットな組織(ティール組織など)や「ソーシャルグッド」な活動が理想とされる傾向にありますが、現実的に長く続いている組織には、競争や序列が可視化されていることが多いのではないか? アワノさんは自身の経験や、自然界(ライオンの群れ)のルールと照らし合わせながら、その冷静な指摘に納得感を覚えたようです。「組織やシステムには寿命がある」という前提や、その寿命を延ばすための「共同幻想(理念)」の役割についても触れました。理想論だけでなく、現実的な生存戦略として組織をどう設計するか。ドライな分析が心地よい回です。次回からはホシノの選書、俵万智さんの『生きる言葉』へ移ります。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
| 1/12/26 | ![]() ep49-2「お金2.0 新しい経済のルールと生き方」(佐藤航陽さん)/経済は「自然」の一部である、という視点 | <今回の選書>・『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』(佐藤航陽さん)こんにちは、ホシノです。今回はアワノさんの選書、『お金2.0』を掘り下げていきます。著者の佐藤航陽さんに対し、実は「お金の亡者では?」「なんとなく怪しい」と勝手な食わず嫌いをしていたというアワノさん。しかし、動画で見る佐藤さんの語り口は驚くほど淡々としていました。世帯年収100万円台から資産150億円へ。その経験を経てもなお、彼がお金を「ハサミやPCと同じただのツール」と断じ、冷静に向き合う姿勢に、アワノさんの偏見はガラガラと崩れ去ったそうです。本編で議論になったのは「経済は自然の一部である」という視点。自然界に淘汰や格差(2:6:2の法則など)があるように、経済における格差もまた物理現象に過ぎない。資本主義が良い悪いではなく、自然の摂理としてそこにあるもの。そう捉えると、無理に抗うのではなく、雨が降るのと同じように経済の動きを受け入れられるようになるのかもしれません。「お金に感情を乗せてはいけない」。持たざる者だったからこそ抱いていたルサンチマン(恨みや妬み)を手放し、フラットに経済を見つめるためのヒントが詰まった回です。 | — | ||||||
| 1/5/26 | ![]() ep49-1「お金2.0」「生きる言葉」/文フリ後の余韻と、食わず嫌いをやめる時 | <今回の選書>・『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』(佐藤航陽)・『生きる言葉』(俵万智)こんにちは、ホシノです。今回は11月に行われた「文学フリマ東京」の振り返りからスタートです。来場者数1万8000人という熱気の中、アワノさんはSNSやラジオ越しの「思わぬ出会い」に感動し、ホシノは2回目の出店を経て「もっと新しいことを仕掛けたい」という欲求がふつふつと湧いてきました。祭りのあとの心地よい疲れと、次への情熱が入り混じるオープニングトークです。今回アワノさんが選んだのは、佐藤航陽さんの『お金2.0』。2017年の話題作ですが、著者に勝手に抱いていた「食わず嫌い」なイメージが、ある対談動画をきっかけにガラリと変わったとのこと。「お金とは何か」を今あらためて問い直します。一方ホシノは、俵万智さんの『生きる言葉』。文フリの仲間と話題に出た「俳句と短歌の違い(心情を詠むか否か)」という視点や、新潮社の雑誌(?)『波』での出会いがきっかけです。エッセイという補助線があることで、短歌の情景がより鮮やかに、インスタントに味わえる魅力について話しました。経済のルールと、心の言葉。かなり距離の遠い2冊ですが、次回からはまずアワノさんの『お金2.0』から掘り下げていきます。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
| 12/18/25 | ![]() ep48-5「叱る依存が止まらない」(村中直人さん)/叱る快感と従順な相手、跳び箱と限界突破 | <今回の選書>・『叱る依存が止まらない』(村中直人さん)こんにちは、ホシノです。今回も引き続き『叱る依存が止まらない』をテーマに、アワノさんと深掘りしていきます。前回は「叱る=脳にとっての報酬」という話が出ましたが、今回はそこからさらに、叱る快感の裏側や、叱られる側のメカニズムまで踏み込みました。まず話題に上がったのは、「叱る快感を味わわせてくれる従順な相手」について。この構造があるから、いじめはなくならないし、SNSの叩きも消えない。そこから「叱るカフェ」構想まで飛躍していきます。若手っぽいできそうに見える部下役を選べたり、叱り方をフィードバックしてもらえたり…。半分冗談、半分リアル。笑いながら話しているのに、妙に現実味があるのが怖いところです。後半は一転してまじめモードに。ホシノが小学生時代の跳び箱エピソードを振り返りながら、「厳しく詰められた経験が、自分の限界を超えるスイッチになったことがある」という話を共有。ここから、厳しい指導が有効に見えるのはなぜか本来は別アプローチでも到達できた可能性外から見るとハラスメントでも、当人の主体性があるかで意味が変わるスポーツや芸術の世界での「理不尽を選びに行く」構造といったテーマにぐっと話が広がります。そして「叱られて伸びる」という思い込みが、実は自分の成功体験の偶然から来ているだけかもしれない、という指摘も。その一方で、叱る側は叱る側で、自己効力感や即効性に頼ってしまいがちで、結果として反省が遅れやすい。そんな人間の弱さも共有されました。 | — | ||||||
| 12/11/25 | ![]() ep48-4「叱る依存が止まらない」(村中直人さん)/叱ることはなぜ気持ちいいのか、そしてなぜやめられないのか | <今回の選書>・『叱る依存が止まらない』(村中直人さん)こんにちは、ホシノです。今回からは、アワノさんの選書『叱る依存が止まらない』に入っていきます。タイトルだけで胸がざわつく方、多いんじゃないでしょうか。僕自身、家庭で子どもに声色を変えてしまう瞬間があったりして、冒頭からちょっと反省モードで話が始まっています。アワノさんがこの本を選んだ背景には、今年の夏に経験したパワハラ的な場面があったとのこと。「なぜ人は叱るのか?」そこに強い関心を持ち、関連する本をいくつも読みあさった中で、この一冊がいちばん腑に落ちたそうです。今回のキーワードは大きく3つ。①叱るとは何なのか(定義)相手を変えたい気持ち、権力の非対称、ネガティブ感情。この3つが揃うと「叱る」になる、という整理がまず興味深い。②叱ることは実は「脳にとって快感SNSの炎上や不倫叩きも同じ構造。正しい側に立って相手を処罰すると、脳が報酬を感じてしまう。だからやめられない。クセになる。これは聞いていて、ちょっとゾッとするところでもあります。③叱るは「即効性が高い」けれど、学びにはつながらない子どもも部下も、その場では動きを止めてくれる。でもそれは「逃げる/戦う」の反応であって、理解や内省ではない。だから長期的な行動変容には結びつかない。この話は、親としても研修講師としても刺さるポイントでした。叱ることが完全に悪ではなく、命の危険など「緊急時のブレーキ」としては必要。でもそれ以外の場面では、依存として扱うべき側面がある。そんな導入回になりました。次回は、この仕組みを踏まえて「じゃあどうすればいいのか?」をガッツリ議論していきます。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
| 12/4/25 | ![]() ep48-3「モモ」(ミヒャエル・エンデ)/フィクションが描く「時間と聞くの知恵」 | <今回の選書>・『モモ』(ミヒャエル・エンデ)こんにちは、ホシノです。今回も引き続き『モモ』について。アワノさんと雑談しつつ、本の広がり方やメッセージ性についてだいぶ深めていきました。まず驚くのは、『モモ』の世界規模の読まれ方。50年経っても国境を越えて読まれ続ける理由は、やっぱり普遍性があるからなんでしょうか。時間泥棒の話も、雑談が失われていく社会の話も、まるで現代そのまま。近代統一のテーマなんでしょうね。会話の中では「消費社会」「都市化」「家族の変化」みたいな背景にも触れつつ、モモが象徴する聞くという行為の価値が、なぜ昔から必要とされてきたのかを考えました。今回のポイントは2つ。① フィクションだから言えることがある。時間泥棒とお人形のエピソード、子どもたちの空想遊び、都市の変化…社会批評をそのまま書くより、物語に落とし込んだ方が伝わる。『One Piece』や詩、戦後文学の話まで広がりつつ、ストーリーが人を動かす理由を改めて確認しました。② モモは聞く天才だが、本人は自覚していない。モモが人の話を聞くことで、町の人の本質や創造性が引き出されていく。でも本人はそれを「スキル」とは思っていない。ただ、相手に時間を渡すだけ。そのシンプルさが、現代の傾聴とは少し違う形で響く理由なのかもしれない。しかも途中でモモ自身が迷ったり弱ったりする描写もあり、そこでまた心をつかまれました。話の終盤では、「これは大人のほうが効く本だね」「研修の教材にもなるんじゃ?」なんて話にまで伸びていき、気づけば『モモ』をいろんな角度から再発見する回に。次回は、いよいよアワノさんの一冊『叱る依存が止まらない』(村中直人さん)へ。「叱る」「導く」「正解を求める心」――こちらも現代性ど真ん中のテーマです。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
| 11/27/25 | ![]() ep48-2「モモ」(ミヒャエル・エンデ)/聞く力と時間の関係、物語が残してきたもの | <今回の選書>・『モモ』(ミヒャエル・エンデ)こんにちは、ホシノです。今回はアワノさんに聞いてもらいながら、エンデ『モモ』の話をもう少し。読み返してみると、「こんなに巧く作られていたんだ…」と驚くほど構成もキャラクターも練られていて、どこか村上春樹作品の空気とつながるような物語感も感じました。大きなテーマはもちろん「時間」なのですが、それ以外にも気づくものがあった気がします。効率化や生産性ばかりを追いかけて、いつの間にか自分の時間を失っていく。そんな現代の光景にそのまま重なる描写が多くて、50年前の物語とは思えないほど普遍的です。今回、特に面白かったのは「モモの特技」。彼女は料理が上手いわけでも、面白い話をするわけでもない。ただ聞くそれだけで町の人が次々と訪ねてきて、話すうちに本来の自分が戻ってきたり、仲直りができたり、創作意欲が湧いたりする。物語のなかで語られる 「人のために時間を使う」 という行為と、聞くという行為がだんだんと結びついていきます。カウンセリングの理論や、いま語られる「傾聴」の文脈とはまた違う、もっと素朴で、もっと人間的な庶民の知として描かれる聞く力。その原石のような感じが、モモという存在の魅力にもつながっているのかなと話しました。後半では、「聞くことは幸せなのか?」「相手に本音を引き出すとはどういうことか」など、現代のコミュニケーションに置き換えて考えられるポイントもいくつか登場します。次回は、この「聞く」というテーマをもう少し派生させて、お互いの経験や理論を交えつつ話していきます。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
| 11/20/25 | ![]() ep48-1「モモ」「叱る依存が止まらない」/読み返す40代、叱ることと導くこと、秋の夜長に考えたい話 | <今回の選書>・『モモ』(ミヒャエル・エンデ)・『叱る依存が止まらない』(村中直人さん)こんにちは、ホシノです。今回もまずは近況から。気温がすっと下がって、Tシャツから長袖に切り替わるあの瞬間、ちょっと「美術館に入ったみたい」な空気になりますよね。そんなモードもあってか、今週はエンデの『モモ』を久々に(初めて?)手に取りました。読み返してみたら、ほぼ初読の気持ちに近いほど覚えておらず…。けれど物語の芯にある時間と物語の力は、いま読むとやたら染みるものでした。アワノさんの一冊は、村中直人さん『叱る依存が止まらない』。親でも上司でも指導者でも、「叱る場面」ってゼロにはならない。じゃあ、叱っている自分は何を求めているのか? 叱られる側はどう受け取るのか? 40代という教える側の立場に立つと、妙に胸がざわつくテーマです。「正解を教えてほしい」という欲求と、「叱る=導く」の古い価値観。その間で揺れる僕らのリアルが、会話の中でもあちこちに出てきました。次回からは、まずホシノの『モモ』から話していきます。大人になって読み返すとこうなるのか…という驚きも含めて、ゆっくり話していきます。どうぞお楽しみに。 | — | ||||||
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